国道340号
part3

R106茂市交差点〜R455落合交差点
宮古市→岩泉町

78.茂市交差点から先も2車線快走路 79.旧新里村中心部を通過 80.刈屋バイパス
 茂市交差点を左折してR106から分岐した先も2車線快走路となっており非常に走りやすい状況が続いている。上り勾配とは言えその傾斜はきつくなく、交通量は皆無と言ってよいくらいである。場所が場所だけに信号はない。
 JR岩泉線を越えて刈屋川を渡り旧新里村役場付近を通過する。そのまま走っていると刈屋バイパスとなり2車線快走路を淡々と北上する事になる。

81.刈屋バイパスと旧道が合流 82.中里駅のすぐ脇を通過 83.左側の車線が丸ごとなくなる感じ
 緩やかな上り勾配の刈屋バイパスを走っていると旧道らしき道路と交差する。その直後にJR中里駅のすぐ東を通る。小さな待合室がぽつんと建っているだけのまさにローカル路線の駅と言わんばかりの駅である。中里駅を通過して200m程先で2車線快走路が終了する。左側(北向き)の車線が丸ごとなくなるその様子はバイパス延伸を匂わせる雰囲気ではあるが・・・

84.押角峠の酷道区間の始まり 85.制限速度は30km/h 86.袰帯付近もバイパスが開通していた
 刈屋バイパスの終わりは酷道区間の始まりとなっている。1.5車線と狭くなった国道を刈屋川沿いに少し走ると赤根畑集落を通過する。集落に入ると制限速度は30km/hとかなり低く設定されている。しかし袰帯集落に入ると不自然に左カーブして2車線のバイパスを走らされる。バイパスの東には1.0〜1.5車線の旧道が残っている。

87.ここは車とバイクの離合も厳しい 88.シケイン状に刈屋川を渡る 89.ここの狭まり方もヤバイ
 袰帯のバイパスは800m程度と短くすぐに1.0車線狭路になってしまう。この区間は特に狭く左手に民家の塀、右手にガードレールとに挟まれており道幅以上に狭く感じる。対向車が来れば路肩や道路脇に寄って離合、という手も使えずバックするしかない危険な場所でもある。完全1.0車線区間を過ぎるとシケイン状に刈屋川を渡って対岸に移るが、その直後にも完全1.0車線箇所がある。こちらは距離も短く先ほどの区間ほどのインパクトはない。

90.清水集落周辺は改良済み 91.この先は大型車は全面通行止 92.そして本格的な酷道区間に入る
 1.0〜1.5車線の狭路を走っているとセンターラインが現れ清水集落を2車線で通過する。実質宮古市側最後の集落となるこの清水集落を抜けてしばらく走るとチェーン装脱着場であろうスペースの横に片側の車線を塞ぐ形でバリケードが設置されていた。何とも中途半端な状態だが完全通行止ではなく大型車のみ通行止だからだろう。乗用車であればバリケードの右側を難なくすり抜けられるし、1車線丸ごと開いているので大型車両でも通り抜けられない事はない。このバリケードから約200m先でセンターラインが消えて狭路化する。ここが押角峠の酷道区間の本格的なスタート地点である。

93.今までになく酷道の趣が強い 94.押角集落 95.押角駅への案内表示
 茂市交差点からも狭路は存在したがそれはいずれも集落内であった。清水集落以北は集落のない山間の狭路であり寂しさは集落内の逸れの比ではない。断崖絶壁を走っている訳ではなく落石の類はほとんどなく路面状況は意外にも割と良いが、ガードレールの設置率は低い。道幅は1.0車線が主と狭く離合には場所を選ばなくてはならない。蛇行する刈屋川に忠実に沿っているためカーブも多くスピードは上がらない。
 そんな状況の押角峠区間だが鉄道が併走している。R340と隣接する中里駅のローカルっぷりに驚かされるが、峠の手前の押角駅にも驚かされる。元々は押角集落があったが今となっては人が恒常的に住んでいるとは思えない状況になっている。R340を走っていると押角駅の案内表示を目にするが、矢印の指す方向を見るとそこに駅があるとは思えない有様である。ちなみにこの押角駅は鉄道ファンの間では秘境駅に位置づけられているようである。

96.押角からしばらくは穏やかに上る 97.第二の警告 98.この先に急勾配が待ち受けているのがわかる
 押角駅を通過してしばらくは狭いものの勾配は緩やかである。林道だか作業道だかが左側に分岐する地点には2ヶ所目の大型車通行止バリケードが設置されている。こちらは元々の道幅が狭いためかやや斜めに置かれており、開けられたスペースでは乗用車が何とか通り抜けられる幅しかない。
 2ヶ所目のバリケードを過ぎると道路状況に変化が現れる。道幅は変わらず1.0〜1.5車線と狭いが、今度はそれに急勾配が追加される。それまでのんびりと上ってきた印象のR340だがここで一気に標高を上げる。

99.落葉した木々が目立つ 100.「葛巻58km 岩泉24km」 101.雄鹿戸トンネル
 2,3箇所のヘアピンカーブや急勾配を経て標高を上げる。沿線の木々は落葉したものが多いが路面に落ち葉や木切れが散乱している訳でもなく比較的きれい。そんな状態の道路を走っていると案内標識が立っておりその先に雄鹿戸隧道が見えてくる。押角峠に押角駅、押角集落と来てR340のトンネルは雄鹿戸隧道となっている。読みはどちらもおなじ「おしかど」である。

102.意外と重厚な外観 103.名称は「雄鹿戸隧道」 104.雄鹿戸隧道は昭和10年(1935年)開通
 単なる狭いトンネルかと思っていたがその外観は見ようによっては重厚で趣がある。開通年が昭和10年(1935年)であるから実に70年以上もの年月が経っている事になる。70年以上前に開通したトンネルが現役の国道として供されているのはレアケースだと思われる。ちなみにこの雄鹿戸隧道は“出る”事で一部の人たちの間で有名らしいが、徒歩でトンネル入口まで近づいたが特に何も感じなかった。肌寒く感じたのは霊云々ではなくその時の気温によるものと思われる。

105.岩泉町に入る 106.宮古市側と比べて路面状況は幾分か良い 107.最初の集落、宇津野は寂しい雰囲気が漂う
 雄鹿戸隧道を抜けると岩泉町に入る。宮古市側の隧道直前と比べると勾配は緩やかで道幅は1.5〜1.8車線程と取り立てて狭くない。辺りに漂う雰囲気は隧道南側同様に寂しげなものであり、それは最初の集落となる宇津野に入っても変わらない。むしろ人が住んでいるかどうか瞬時に判別つかない民家が建っている方が寂寥感に捕らわれると言えなくもない。

108.JR岩泉線と2回目の交差 109.道幅は1.8車線と決して狭くない 110.車幅2m規制の原因はこれ
 宇津野集落を過ぎてしばらく走っているとJR岩泉線の高架と交差する。岩泉線のこの区間は1957年(昭和32年)開通なので半世紀以上前だが意外に高所を走っている事が分かる。岩泉線と交差してからも宇津野沢沿いにゆっくりと下っていく。
 道幅は決して広くはないがだからと言って特に狭い訳でもない。この程度なら車幅2m以上の車両を通行止にする必要はないだろうと思って車を走らせる。雄鹿戸トンネルを出てから約4km走った所で宇津野沢に架かる橋が工事中でその半分が塞がれていた。確かに車幅が2m以上の車両で通ろうとすれば無傷で済まないかもしれない。大型車に至っては通る事すら不可能だろう。

111.おにぎりのフォントが微妙に通常ではない 112.岩手r171交差点を右折 113.r171交差点直後まで狭路が続く
 車幅2m制限の工事現場を通過すれば元の1.5車線幅となり、小さな集落を通過しつつ宇津野沢沿いに北上を続ける。雄鹿戸隧道から約6.2kmで大川を渡ると岩手r171交差点に突き当たる。岩泉町南西部と川井村西部とを結ぶr171であるが、そのルーティングを見ると険道だと思わざるを得ないが、そんな県道との交差点で一旦停止しなければならないR340である。R340はこの交差点をうせ牛手岩泉町中心部へ向かう。r171交差点から700m程は1.5車線の狭路となっている。

114.JR岩泉線と大川に挟まれる 115.現在進行形の落石現場 116.川代集落までが狭い
 r171交差点から700m程走るとセンターラインが現れて2車線となる。勾配はほとんどないものの大川に沿っているためカーブは多い。岩泉線と3回目の交差から程なくして1.8車線幅になってしまう。しかも落石現場のオマケ付である。車の走行に支障ない程度ではあるが大雨の後はどうなっているか分からない。大川の左岸を走っていると川代集落を通過する。集落内においても道幅は変わらず1.8車線となっている。

117.川代トンネル 118.浅内駅付近を通過 119.浅内集落通過後も狭いまま
 川代集落を過ぎると2車線になるが川代トンネルをくぐって少し走るとまた1.8車線になってしまう。そのまま進むと浅内集落では1.5車線とさらに狭くなる。浅内駅前を通り集落を通過すると道幅は1.8車線にまで広くなる。

120.R455落合交差点を直進
 浅内集落を通過後にそれまで併走していたJR岩泉線から離れた所でR455落合交差点に至る。ここからしばらくはR455と重複して北西へと進路を取る。なお、R106茂市交差点から雄鹿戸隧道を経てこのR455落合交差点まで約15.7km。その間にすれ違ったり追い抜かれたりした車の数は両手で数えられるくらいであった。

国道340号 part4